本社屋のご紹介

この建物は、桃山式の純和風2階建てで、明治32年に明治建築界の元老で工学博土妻木頼黄氏の設計に依り、日本勧業銀行本店として東京麹町区に建築されました。 また明治43年には、一時期東京上野で開催された勧業博覧会の本館、迎賓館として使用されました。 その後、28年間にわたり、その威容を誇ってきましたが、大正15年京成電気軌道株式会社(現京成電鉄)に当時の金額で2万5千円で売り渡され、谷津遊園(現習志野市)内で楽天府の名のもとに、坂東妻三郎のプロダクションとして撮影場に使用されました。 その後、昭和15年12月に谷津遊園から現在の企業庁のある場所(現中央区長洲1丁目)へ移築し、今度は、千葉市役所庁舎として、20年の長きにわたり、その優雅な建物は広く市民、県民に親しまれてきました。
当時市場町通りには、ルネッサンス式県庁舎と桃山式市庁舎とが並び建ち、多くの人の関心を呼び、一世を風靡しました。
昭和38年、千葉市の新市庁舎の落成で姿を消すことになりましたが、この種の建物が他にないことから、その復元、保存が強く望まれ、市内に再建することを条件に、千葉トヨペット株式会社が無償で譲受け、昭和39年秋から、当時の金額で1億7千万円をかけ復元工事にかかり、昭和40年10月に完成しました。 旧市庁舎とそっくりの2階建て、屋根は建築当時の木造銅葺、躯体は鉄筋コンクリート造に変わりましたが、正面玄関の車寄せ部分や外観の色彩などは、当時の姿を模して風格を損なわないよう再建されました。
再建当時は、千葉トヨペット本社、中央営業所、レストランとして使用され、テニスコートも2面も設けられました。
現在は、千葉トヨペット株式会社本社及び中央店として使用されています。 延べ床面積は2, 310㎡で、本社屋奥には、外観を損なわないように平屋建て2, 000㎡の整備工場も備えています。
今回の登録文化財の認定は、千葉トヨペットに勤務する者にとっても名誉な事であリ此の由緒ある建物を末長く現状の姿で保存してゆく所存ですので、皆様にもお気軽にお立寄り下さいます様お願い申し上げます。

建物の説明

建立 設計、監督を務めたのは明治の建築界の重鎮であった妻木頼黄(つまきよりなか)氏と武田五一(たけだごいち)氏。
大倉土木組 最初にこの建物(旧日本勧業銀行本店)を建築した時の建設会社。現在の大成建設の前身。
修復 1963年(昭和38年)に千葉市から市内に移築することを条件に譲受け、昭和39年秋から当時の金額で1億7千万円をかけ修復。昭和40年10月の完成した。
2014年(平成26年)に観測開始以来最高の大雪による被害で、瓦や雨樋が損傷した。(現在は修復済み)
社章 1997年(平成9年)に国の登録有形文化財に指定される前に、
勝又グループの社章を鬼瓦に埋め込んだ。
緑青 緑青(ろくしょう)とは、銅が酸化されることで生成する青緑色の錆。本社社屋も瓦、雨樋など銅が使用されていたため緑色となっている。
鎌倉の大仏、アメリカの自由の女神の緑色も緑青によるもの。
  • 旧日本勧業銀行本店時代(提供:大成建設株式会社)

  • 本社玄関

建物の説明

明治32年(1899年) 日本勧業銀行本店として東京麹町に建設
大正15年(1926年) 京成電鉄軌道に譲渡され、坂東妻三郎のプロダクションとして撮影現場に使用
昭和15年(1940年) 千葉市役所として千葉市中央区長洲に移築
昭和40年(1965年) 千葉トヨペット株式会社として千葉市美浜区稲毛海岸に移築
当社本社社屋として使用、屋根は建築当時と同じ木造銅葺、
躯体は鉄筋コンクリートとなっています。